日本経済新聞内定者

 

タイトル「異論」

 

  「下ろすぞ」。漁師の木村優司さんの声が船に響くと、ワイヤーでつながれた網が海に投入された。時刻は午前3時。真冬の風は刺すように冷たい。遮るものがない甲板で網を上げるまでじっとうずくまって待機した。

 寒流と暖流がぶつかり合う絶好の漁場からほど近い宮城県石巻市。今、その石巻の漁業の現場では108人のインドネシア人技能実習生が働いている。入管法改正が取りざたされる中、彼らの働く現場を知りたいと思った。昨年12月に石巻市を訪れて漁師にお願いし、彼らの仕事を体験した。

 2時間ほどして網を上げる。木村さんが網を開くと、カレイやアナゴなど大量の底魚が甲板を埋め尽くした。私と実習生たちはその魚を大きさや種類ごとに1匹1匹仕分けていく。あげたての魚は凍るように冷たく、すぐに手の感覚を奪われた。「慣れれば全然冷たくないよ」。実習生のテンディさんはそう話すが、その手はしも焼けで赤黒く腫れていた。彼らはこのつらい作業を1日5回繰り返す。技能が付くとは思えない単純作業をさせられる現状に憤りを感じ、小さく震えた。

 技能実習制度は国際貢献の一環ではなかったのか。帰り道、私は思わず憤りを木村さんにぶつけた。木村さんはたばこの火を消してゆっくりと口を開いた。「そんなことはどの漁師も知っているよ。でも彼らの国との漁業設備の差は月とすっぽん。技術を教えたところで意味はあるのかな」。ハッとさせられた。単純労働をさせる背景には、どうせ技能を教えても活かされないというあきらめがあったのだ。

 技能実習生の労働環境について、世間では雇用者のせいとばかりに非難する声も多い。しかし、現場で話を聞くと木村さんのように雇用者側には異論があることに気付かされる。私は記者として、世間の大きな声にとらわれず現場に通い、そこで見つけた小さな異論をしっかりと報道できるようになりたい。