題:現場                    

 

 食品を扱っているからだろうか、巨大な倉庫の中は息が白くなるほどに寒い。忙しく動いている間はたいして寒さを感じないが、一日の作業の終盤になると、全身に疲労感を覚える。あたりは、フォークリフトやベルトコンベアの音で満たされている。

 

 私は、川越市郊外の大型倉庫で、食料品の配荷のアルバイトをしていた。有名企業の名がついたこの倉庫は、サッカー場ほどの広さで二階建てだ。埼玉、東京多摩地区の、大手コンビニチェーンへの配荷を一手に担う。

 

 昼間の従業員は二百人ほど。若者から中高年まで、男性も女性も、アルバイトが多い。私のように派遣会社に登録してきた者が大半だ。私を含め、若い男性スタッフは比較的重い荷物を扱うことが多い。飲料の入った十キロほどの段ボールを選び、カートに積んでいく。箱を開け、中身を分ける。手袋がなければ、指先がすれてひりひりと痛む。

 

 私は不満だった。体力のある私の作業は早いのに、他のスタッフと給料は同じだったからだ。箱は二、三個ずつ容易に運ぶことができたし、飲料缶を仕分けて袋詰めするのも手際よくできた。それに比べ、中高年や女性スタッフは軽い商品を扱うことが多い。おばちゃんたちに至っては、社員の目が届かなければすぐ談笑し、禁止されているカッターナイフをこっそり使うこともある。

 

 はっとさせられたのは、隣でなかなか作業を進められないおばちゃんが、私に頼んできた時だ。「これ開けてくれない?もう手がボロボロになっちゃったの。」

 

 おばちゃんの白い手は、目を背けたくなるほどあちこちが赤くすれ、血がにじんでいた。給料に関する不満は一瞬で消え、私は初めて、彼女たちが過酷な職場にいることに気がついた。

 

 いま、日本の労働者の三十四%が派遣などの非正規雇用になっている。巨大企業を支えているのは、そのような現場の一人一人の必死さだったのだ。

(18期・日経新聞社内定・ENさん・一橋大学院)