題:「異文化」

 

 目の前の商店には中国語で書かれた中国の品物が並んでいる。東京北池袋の雑居ビルには旅行代理店や中国書店など中国人が経営する店舗やオフィスが数多く入っている。

 

 「日本のなかの中国を見せる」。友人の中国留学生に案内された。地下街から北口に出るやいなや中国人青年から「華人週報」という在日華僑向けの新聞を手渡された。

 

 看板がひと際紅く光る中華料理店に入ると、店内は中国語が騒々しく飛び交っていた。30席ほどの席はほとんど全員が中国人、ドアを開けただけで中国に迷い込んだ気分だ。

          

 「尖椒狗肉」という犬肉料理を中国語で頼んでもらうと20歳くらいの中国人女性店員が意味ありげに笑う。王くんに聞くと「夫婦の間でナニをするときに食べる」と笑みを浮かべる。肝心の尖椒狗肉は、筋っぽくて薬のような味がする。だが東北部の吉林省出身の彼は懐かしそうに箸を動かす。

 

 東北部、とくに朝鮮族の人にとって犬肉は「ソウルフード」のような位置づけだ。冬はマイナス10度を下回るので、食べると体がポカポカしてくる犬肉は毎日でも食べるという。「日本で食べると、市場で牛肉と並べて売っている故郷の延辺を思い出す」と彼は話す。池袋に東北出身の中国人が集まるのは交通の便がよく、日本語学校が多いからだ。本土から輸入された犬肉は、犬食を忌避する日本人の目を避けるために「狗肉」や「長寿湯」と名を変えて売られる。故郷の味を求めて東京中の東北出身者が北池袋までやって来るそうだ。

 

 食事の終わり時に、割り勘で払おうと考えていると、王くんはおもむろに席を立ち、私の分も払ってきてくれた。中国では友情はずっと続くと考えるため、毎回その場で貸し借りをなしにする風習はない。

 

 池袋駅への帰り道、「きみが初めての日本の友達なんだから」と聞きとりづらい日本語で照れ臭げに言ってくれた。