オズマPR内定者

 

タイトル「雪」

 

 大学2年夏、演劇学専攻のサブゼミ公演。主役として2ヶ月の練習成果を見せる。だが客席

は暗く、観客の表情は不明。舞台が終われば赤いドレスのまま、カンパ箱を持ち出口に走る。

一方通行な大学演劇が嫌だった。

 そんな時、母から「地歌舞伎出ない?」と誘われた。母はイベント会社として『岐阜自慢ジ

カブキプロジェクト』という地元の文化事業に携わっていた。女が歌舞伎という珍しさに惹か

れ、快諾した。

 演目は地元オリジナルの作品。主人公の秋山は美人で高飛車な早苗か、不細工だが純心なお

熊のどちらと結婚するか悩む。だが最後は、内面が大事だとお熊を選ぶ。お熊は男性が演じる

ため、私は早苗役だ。

 公演は岐阜県市の芝居小屋で行う。東京在学中のため、岐阜で参加できる稽古は3回。

母から送られた台本とDⅤDでセリフと動きを叩き込む。私以外の役者の稽古は始まっている

。歌舞伎を愛する人達の足を引っ張りたくない。

 帰省し、初稽古に向かう。小屋に入ると、30代の女性が細い声で台詞を言い、演出の高女

師匠から指導を受けていた。女性はスナックのママで初参加。自分より素人がいると知り拍子

抜けした。次は私たちの稽古だ。

 共演者同士で円を描いて正座し、挨拶をする。最初はお熊役である伊藤さんの稽古だ。経験

者と聞き、期待が高まる。だが伊藤さんはセリフをよく忘れた。「ごめん!」と謝る伊藤さん

に、周囲は「しっかりして〜」と笑う。田舎芝居ではここまでか。

 しかし、本番でドジを踏んだのは私だった。

秋山の屋敷に上がる時、草履が上手く脱げず勢い余って草履が飛んだ。だが花道からお熊役の

伊藤さんが登場し、「今の娘は元気じゃの」と言い草履を直した。客席からは「よっ伊藤!」

と大向こう。舞台には白い紙に包まれたおひねりが雪のように降った。

 役者が楽しく演じ、客が笑って応える。地歌舞伎の雪は、両者が呼応した時にできる結晶な

のだ。