題:「異論」

 

 「猫が金を作っていんのや」東北弁まじりの民宿の女主人はわずかに眉をしかめ、皮肉った。眉間に刻まれた深い皺が、ここ数年の苦労をまざまざと語っているようだった。

 

 人口六十人に対して、猫はなんと百五十匹、「猫の島」として知られる宮城県石巻の田代島。東日本大震災では、他の沿岸部と同じように大きな被害を受けた。海に近い家屋は倒壊し、名産品だった牡蠣の養殖場も壊滅。島民の八割が高齢者という限界集落ということもあり、島の復興は危ぶまれていた。

 

 全てを失った島は、希望を猫に託した。島の若手三人が立ち上げたのが、「田代島にゃんこ・ザ・プロジェクト」全国の愛猫家から、オリジナルの猫グッズと引き換えに、寄付を募った。目標額は三年で一億五千万円。その目標をわずか三ヶ月で達成した。この快挙は新聞にも取り上げられ、多くの愛猫家が観光に訪れた。猫好きの私もその中の一人だった。

 

 しかし、島民はこの状況を一概には喜べない。偶然出会った男性は「今は違うけんど」と、観光客の私に遠慮しがちに前置きし、呟いた。「震災で生活はズタズタな時に、悠々と猫を見に来る観光客は嫌いじゃった」

 

 その言葉を聞き自分が恥ずかしくなった。沿岸部を歩けば、ぽつぽつと不自然に更地が点在しているのが分かる。その更地に茂った雑草の中を、猫が我が物顔で歩く。そんな情景を見ても、私は猫にしか目が向かなかった。そこには人の生活があったはずなのに。

 

 島にはプロジェクトに反対する意見が今もくすぶる。プロジェクトを主導する若手が、東京からの移住者だということもあり、「島育ちの人間の気持ちがわからんのよ」という声も聞く。しかし、そんな異論は表沙汰にならない。冒頭の女主人は言った。「復興への反対意見は言えんよな。」

 

 集まった募金や観光客が落とす金は港などの整備に使われ、復興に役立っている。異論が隠れたこの島で、今日も猫が金を生み出す。